お題2:吸血鬼パロ

佐々田端束様 【槃しくない戀をしよう。 】 ※R-18


 最初は肩口にそうしていたのに、「こっちの方がなんだか気分がのるから」なんていう、彼が気分屋でその長い人生を我がままに生きているのがよく分かる台詞によって、俺の喉は今その人に噛みつかれている。
 皆に王子と呼ばれるその人は、なんというか、ものすごくファンタジーな存在ではあるんだけど、どうやら吸血鬼というものらしい。見た目は普通の(とはいえちょっとあまりにも日本人離れしている美貌の持ち主なんだけど)人間とそう変わらないのに、その口の中にある牙はあまりにも簡単に皮膚を突き破ってしまう。そしてそこから、どういう仕組みかは分からないけど、生きていくために食糧となる血を吸い出す。他にも姿を変えたり夜目が利いたり耳がやたらに良かったりするらしいけど(そしてそんな王子に仕えるザキさんと世良さんという二人も人間でないらしく、突飛な能力を持っているらしい)、そういう姿はまだ知らない。なぜそんな人に血を吸われているのかというと、俺が自分の血を捧げる代わりに、この人に住まいを提供してもらっているからだった。
「まだ慣れないのかい?」
 歯を突き立てる一歩手前でその口を離し、俺の首元で王子が言う。かかる吐息がくすぐったい。
「そ、そりゃあ、まだちょっと、怖いかなって……」
「やだなあ、もう何回もこうして君から血を貰っているっていうのに」
 そう言って戯れに俺の喉を舐め上げる舌の濡れた感触に、うひゃあ、と変な声が出てしまった。こういう部分もだ。怖い、っていうのは間違ってないけど、それはさすがに慣れたというか、その、この人が俺から血を吸うということ自体が嫌なわけじゃない。吸われてもちょっとふらつくだけだし、一晩寝ていれば元通りだ。問題は、血を吸われたことによって、俺が、その、
「もう、我慢、できないなぁ」
 低く、その底に餓えてぎらついた欲を感じさせる声が否応なしに聞こえたかと思うと、喉に鋭い痛みが走る。
「い、っ!」
 思わず上がった声も意に介さず、例えるならストローで乱暴に飲み物を啜るような、そんな音をさせながら王子は俺の血を吸う。ごくごくと飲み干すその音が繋がった部分を通して、嚥下の荒さを伝えてくる。同時に、血を失うことによる立ち眩みのような感覚と、噛みつかれているそこからじわじわと、体に広がる熱に、思わず呻き声が漏れる。息が荒くなる。貫かれたそこがじくじくと熱を持って、貧血によるそれではない理由で頭がくらくらする。びくりと力の入った腿を動かすと、王子の長いそれにぶつかる。白いシーツを掴んで、ああどうして血を吸うのにこんな、まるでベッドに押し倒されるみたいな格好をしているんだろうと思う。でもその理由は自分が一番よく知っていた。
「……おいしかったよ、バッキー」
 満足したような声がさっきとうってかわって晴れやかにそう言ったのに、俺は反対にそれを頭の中を朦朧とさせながら聞いていた。体の奥の芯が疼くような、その手で触れられたら弾けてしまいそうな、そういう感覚。
「バッキー、大丈夫?」
 この人しか使わない愛称で以ってそう問いかけられても、俺ときたらろくに応えられやしない。だって、俺が、王子にこうして血を吸われることで、その、体を、性的な風に反応させてしまうから。これだから、嫌なんだ。こんな姿を見られるのは恥ずかしいし、何より自分がとんでもなく浅ましい生き物のように思えて嫌になってしまう。この人は俺のことを犬と称すけれど、まさにそんな風に動物が発情しているようで、どうしたらいいか分からなくて泣きたくなってしまう。
 口端に少しついた俺のものだった血をその長い指先で拭い舐め取ると、王子はぎしりとベッドを軋ませてその足で跨いだ震える俺を見下ろして、少し苦笑したような表情を浮かべる。
「ごめんね、ボクのせいで」
「え、や、ちが、うんス、俺が、勝手に……」
「だから、それは君のせいじゃなくて、ボクが血を吸った副作用みたいなものだって言ってるじゃない」
 だから君は悪くないんだよ、と王子は優しく言ってくれるけど、でもそうじゃない。違うんだ。だって、俺がこんなことになっているのは、そりゃ王子が血を吸ったその効果みたいなものもあるけれど、でもそれだけじゃきっと、ここまでこんな風にはならなかったと思う。きっと、俺が、王子のことを、好きだから。
 なんだかおかしいとは思っていた。今までサッカーにかまけて恋愛なんてろくに、それこそ年齢が二桁にもならないくらいの頃に学校の優しくてきれいな先生に憧れるとかそういうレベルだったから、だから自覚してしまうまで時間がかかった。それが、なんだか浮世離れしたファンタジーのような存在に対するものだから尚更だ。同性で、しかも人間ですらない。なのに俺は全く王子に魅了されてしまっている。吸血鬼にはそういう力もあるって聞いたことがあるけど、きっとそんなものがなくても俺はこうだったに違いない。だから、俺がこんなことになっているのは、俺のせいなんだ。いくら人間じゃないと言っても、こんな風に思われてるなんて知られたら、気持ち悪がられるに決まってる!
 でもそんな俺を勘違いさせるように、王子は優しいから俺に触れる。こんな風になってしまうことへ責任を感じているのだろう、王子はふわりと笑って、俺の額に口吻けて、ああそんなことをするから、俺はまたおかしくなってしまう。
「もう、こんなにして……」
 甘い低音が耳元で囁かれるとぞわりと肌が粟立ち、余計に下腹部に熱が集まったような気さえした。きっと俺の顔真っ赤だ。ただでさえこんなになっているっていうのに、もっと変に思われる……!
「あ、の、おうじ、」
「うん?」
「そ、その、自分で、なんとか、するんで……!」
「今までボクがしていたじゃないか。それとも気持ち良くなかった?」
「え、あ、いや、そんな、ことは……」
「じゃあいいじゃない」
 ボクの手で乱れる君は可愛いよ、とこれまた俺を惑わすようなことを王子は微笑みながら言って、だから俺は勝手に、理解しているはずなのに間違えて、もっと王子のことを好きになってしまう。そうして王子はきれいに笑みながら、俺の体を楽にしようと、その手で触れるのだ。こんなのは、ひどい。


「あーあー疲れて寝てるし。王子、いい加減こいつ抱いたらどうッスか? つかさっさとくっつけよ」
「ふう。これだからザッキーは情緒なくてやだよ。ボクはこの子ともっとじっくり距離をだね、」
「あのな、あんたは人じゃないから別にいいんだろうけど、こいつただの人間だし、ほんとマジで喰べ頃逃しますよ。そもそも時間の感じ方が全然違う。王子今何歳でしたっけ?」
「んー? 二百……五十、六十辺りまでは数えてたんだけど」
「これまた随分な年の差ッスね」
「いいから赤崎お前片づけ手伝えよ!」


230608