お題4:キス
ばん様 【Queen's Kitty】 ※R-18
ごちそうさま
王子からされる情熱的なキスに椿はたやすく攫われてしまう、咥内を弄られ、歯の奥や裏側、激しく舌を吸われ誘われるまま拙く吸い返す。粘膜同士の濃厚な触れ合いは絶え間なく続く、酔いしれる間も零れ落ちた唾液はどちらのものだろう。考えるのも億劫だ。
「んっ……」
呼吸の仕方も自然と身についた、鼻から抜けるような甘ったるい音が自分から出ているのを認めたくなくて誤摩化すよう喰らいつけば愉しげな眼差しが向けられ、望むまま貪られる。互いの舌と舌を絡めて、絡む度、粘膜からはしたない水音をする、ざらざらした感触すらこの行為を煽るものでしかない。
なんて気持ちがいいのだろう、ジーノと交わすキスは好きだ。戯れに交わされるキスも親愛を惜しみなく現してくれるキスも貪るような行為を思わせる口付けもどれ一つとっても椿を嬉しくさせ、舞い上がらせる。キスの先、体を繋くことも彼から与えられる何もかもがたまらない。
涙で潤む視界、薄く瞼を開ければ王子の長い睫毛がみえた。汗で湿った額にかかる前髪、高い鼻はキスをするには邪魔に思えた。僅かに空く隙間すら満たしたくて服を掴んでいた手をジーノの首筋に絡ませ、抱き寄せた。いきなりのことにジーノは少しだけ驚いたがふわり、優しく眼差しを緩ませた。
いやらしいと思われただろうか、怯んで絡めた舌を緩めれば、ずっと強い力で絡めとられ引き戻された。
「ふ、ぁ…んっ、…は、っく、う…」
捉えられてしまえばたたき落とされるのはあっという間だ。
呼吸すら奪うような荒々しい口付けにただただ翻弄される、舌を絡め、咥内のありとあらゆる場所を舐めとられてしまう、漏れる声を抑え切れず縋るしかない。応えるだけの暇も与えない、苦しささえ感じるのに抵抗ができないのは快楽という快楽を刷り込まれからだろうか。
蕩けるようなキス、漂う濃密な気配、それが嫌じゃなくてむしろしてほしい、もちろんその先も王子となら全部いとしい。くすぐるようにうなじを指でなぞられて体を震わせる、しっとりと汗ばんだ彼の体から香るのは香水だけじゃない、疼きを抱えながら肌を感じて息を吐く。
初めて与えられたキスも今のように獣じみていていたのを覚えている。
練習を終えたばかりのロッカールームはシャワーを浴びて、着替え、帰りの身支度をする人達で溢れている。サッカー選手とはいえ、年相応の男子が集まっているのだから雑談混じりの恋愛話や猥談をすることも少なくない、椿は積極的に混じったりはしないが世良や丹波たちに運悪く捕まってしまい、あっという間に白状された。
「えっ嘘、椿マジでキスもしたことねーの?!」
「……す、すみません」
「お前大人しいもんなぁ、まぁ椿なら顔もイケてるし背もあるからまだまだチャンスあるだろ!」
「ちょっと丹波さんそれって俺の背が小さいってことっスか?!!」
「そんなこといってないって!しつこいぞー、世良ー!」
丹波と世良のやりとりからようやく解放され、恥ずかしさでいっぱいになる。椿だってそれなりに憧れた女の子はいたが持ち前のチキンさから声もかけられず、憧れは憧れのまま、足はサッカーボールを蹴っていた。改めて言われるとこの年でキスの経験さえないのはおかしいことなのだろうか、なんとなくそう思う。
ロッカールームは尚も色恋沙汰で盛り上がっている、初恋はいつだとか、元カノとどうしたとか、そんな中にいるのは気まずくて一人所在なさげに立ち尽くす。
「ふぅん、バッキーってファーストキスもまだなんだ…」
真後ろから聞こえてきた声に驚いて振り返れば、間近に迫る王子の顔にびくりとする。椿の顔をまじまじと覗き込み、なんだか珍しいものをみたような悪戯を思いついた、そんな顔をしていて怖い。ファーストキスもまだなんだ、王子の口から発せられた言葉にますます恥ずかしくて情けなさで俯いてしまう。
「バッキー、ちょっときて」
なんでもいい、ここから早く逃げ出したくて誘われるままジーノの後へとついていった。
「あ、あの…ちょっと、王子…?」
人気の無いクラブの廊下はしんと静まり返っている、不気味にさえ思える静けさ。ジーノの利き手である左手で退路を塞がれ、廊下を照らす電灯の影になって王子の顔がみえない、そのことが椿を怯えさせた。わけもわからず震え、ぎゅっと瞼を閉じると柔らかい感触がして、目を見開いた。
キスされた、わかった時には既に遅かった。どうして、そう言おうと開いた唇の隙間を縫って舌は入り込んで来る。口の中を別な生き物が這う感触に怯え、為す術も無い。息が出来ない苦しさから胸を押し返し、唇を逸らすも顎を掴まれて正面へと向かされた。
「キスの時は…鼻で息を吸うんだよ、バッキー」
獰猛さを隠さない視線に囚われる、ルージュをひくように唇をたっぷりと味わうと熱を持った舌が侵入する、咥内を味わうよう舐めつくされて。行為の苦しさを少しでも和らげたいと必死で鼻で息を吸うことに集中した、漏れる声がやけに色めいている気がして泣きたくなる。
他人の舌がざらざらしているのを初めて知った、別な生き物のように動いては怯える椿の不安ごと舐めとって吸い上げる。唾液でぐちゃぐちゃに混ざり合って、粘膜と粘膜がぴったりとくっつくのがこんなに気持ちがいいなんて。
椿の咥内をたっぷりと味わったジーノは満足げに笑う、生々しい粘ついた糸がみえたのか、未だ幼さを隠しきれない可愛らしい顔が真っ赤に染まる。零れた唾液を舐めとって唇が濡れて腫れているのを自覚させるようにじっくりと跡を残して、ようやく離れた。
幼さの抜けない丸みを帯びた彼の頬、柔らかな稜線の上にそっと撫でる。そのまま指で彼の唇をなぞる、可愛い顔をして唇は肉厚でセクシーだ。瞳が涙で濡れる、頬はこれでもかと真っ赤に染まり、唇はぷっくりと膨れ誘うように唾液でぬらついている。
らしくもないがっついたキス、女の子相手には絶対にしないような乱暴さに驚いたのはジーノのほうだ。初心な飼い犬をからかって遊ぶだけのつもりが火をつけられたのはどちらだろう。どこかの凡庸な男達がそうするように、好きなコの初めてが欲しかった、それだけ。
散々、弄んで、吸い上げて、ない交ぜにしてようやく離してから気がついた。
なんて陳腐でそれでいてシンプルな答えなのだろう。
「ごちそうさま」
濡れた唇を舌で舐めてその人はとても怖い生き物に思えるのに、たまらなく綺麗で目眩がした。
王子様はどこにもいない。
タイトルは伽藍様からお借りしました
[11/06/14]