お題4:キス
ぴろき様 【*いたけだか*】
感触
「どうぞ、バッキー」
「アザッス、」
「そんなに固くならないでよ」
こっちまで緊張しちゃうじゃないかと、椿の前に色鮮やかな飲み物を置いた王子はふんわりと、椿が座るソファーに腰掛けた。
優美なフォルムを携えたそれは男性二人が隣同士に座っても十分すぎるほど、ゆとりがあって。
「肘掛けにくっつかないで、もう少しこっちへおいで」
「ウス」
彼らしい、彼なりの気遣いだったけど、椿の顔は更に下を向き、腰をほんの少しだけ浮かしただけで終わってしまった。
今二人がいる場所は、王子が居を構えているマンションの彼の自室。
エントランスに入った途端、触ったことはもちろん、見たこともないけれど高価だとは一目で分かる調度品に出迎えられ、ものの数秒で笑顔の作り方すら忘れてしまった椿。
「さあ、お飲みよ。美味しいよ」
「ウス」
その様子に王子がふうと笑って小さく溜息をついたとき、サイドテーブルに置いた彼の携帯が鳴った。
「あ、ちょっと待ってて」
立ち上がって、携帯を取る。
「もしもし、Oh, e tu? Che affari e? (ああ、君か、何の用?)」
「格好いいよなあ、」
王子を横目で追った椿は思わず呟く。その横顔はたぶん何時間見ても飽きないだろう。
そして視線は移動して王子の口元へ。何を喋っているかは分からないも、その流暢な外国語を紡ぎだす唇から椿は目が離せなくなった。
ちょっと立て込んだ内容らしく、王子は喋りながらも「ごめんね」と手でジェスチャーをしながら別室へ移動した。
同時に椿の体からへなへなと力が抜けた。
はああと、大きく息を吐いて目の前にある色鮮やかな、オレンジ色の飲み物をゴクリと一口飲み込む。
「うわっ! 酒?!」
でもその口当たりの良い甘い喉ごしに誘われて、一気に飲み干す。
お腹の底に熱がこもったようで、重心が据わり少し気分が落ち着いた。
先まで見つめていた唇をふと思い出す。
ギリギリまで光量を落とされたルームランプの明かりに揺らめくように赤く艶めく唇。とても綺麗で。
成人男性に当てはまる形容詞とはおよそ思えないのに、王子にはぴったりで。
アルコールのせいだけでは決してない火照りが椿の頬を熱くする。
柔らかいんだろうな、王子の。
自分の手の甲に唇を乗せた。かさついた感触に眉をひそめる。
何気なく横を向く。服の半袖から伸びた、初夏らしく浅く日に焼けた自分の腕が目に入る。
どれくらい?
ちょっと片腕をあげ、脇の下すぐ横の、腕の内側の肌をつまむ。そこは他の箇所とは違い、隠れているせいか日焼けもしておらず。
椿は自分のそこに唇を当ててみた。手の甲よりは若干なめらかな感触が唇に当たる。
でも絶対こんなもんじゃないよなあ。
ちょっと吸ってみることにした。汗の苦い味がすぐに口に広がる。
「うげ、」
顔をしかめ舌を出して、空になったグラスをあおぐ。溶けた氷のわずかな水滴でその嫌な味を消そうとした。
「何してるんだい? バッキー?」
「お、王子!」
用件が片付いたのか、にこやかに微笑みながら王子はまたソファーに腰掛けた。
ゆったりと背もたれにもたれかかりながら、その長い脚をしなやかに組む。椿はまた背筋を伸ばし、握りしめた拳を自分の膝の上に乗せた。
「いえ、あの、」
「ああ、もう飲んじゃったんだね。お代りもってこようか」
「もういいっス」
「いいのかい?」
はい、と消え入りそうな返事をして、椿はまた俯いた。
「ところで、バッキー」
「はい!」
立ち上がらんばかりの勢いで返事をする椿。
「さっき、自分の腕に何してたの?」
「いえ、あ、そのお、」
見られてた・・
恥ずかしさのあまり、肩が震える。
「虫にでも刺されたのかな?」
ちょっとみせてごらんと、椿の肩を持って上半身をこちらに向かせた。彼の内腕を手に取る。
「ああ、少し赤くなってるね。痛いかい?」
「いえ、あ、王子!」
さっきまであくなく見つめていた王子の唇がふいに椿のその箇所に触れた。
その触感に自分が思い描いていたものがどれほど稚拙だったか、瞬時に思い知らされる。
「早く良くなるためのおまじないだよ、バッキー」
王子の掌が内腕から肩に。片方の掌は椿の背中にやんわりと回された。
「もっとおまじない、かけてあげようね」
王子の唇が椿の鎖骨へ。そっと軽く触れる。次は喉へ。ここへも軽く撫でる程度のキス一つ。首の付け根、
うなじ、耳の下、下顎のくぼみと、王子は次々にキスを重ねる。
始めは戸惑いを隠せなくて腰が引けていた椿だったが、そのたおやかな柔らかい感触にだんだんと体から力が抜けた。
おずおずとだけど、王子の肩に両手をかける。
王子はそんな彼の変化にまた微笑みながら、キスを耳へ鼻へ頬へと一つ一つ丁寧に落としていく。
「バッキー、そんなに見つめないで。ボク恥ずかしいよ」
だから、目を閉じてと王子は彼の両頬を手で優しく挟みながら言う。
「・・嫌っス・・」
椿は目を伏せながら小さく、けれどしっかりと異を唱えた。
予想外の返答に王子は軽く小首を傾げた。
「どうして? バッキー」
「王子の顔、せっかく間近で見られるのに勿体ないっス・・」
絞り出すように声を出して、椿はぎゅっと唇を結ぶ。
「バッキー!」
「お、王子!」
王子は両腕を彼の背中へ回し、強く手繰り寄せる。椿を抱きしめた。王子の香りに包まれた椿は、その大好きな匂いに眩むようで。
「ホントに面白い子だね、バッキーは」
「王子?」
「目を瞑ってごらん」
「でも・・」
「いいから」
目を閉じる椿。当然暗闇が彼を包む。ふいに今まで自分を包んでいた温かい感触が遠ざかっていく。
あっ、
一瞬眉をひそめるも、すぐ頬に触れる王子の手の温もりに安堵する。そして落ちてくるまたあの、唇の触り。
王子は椿の瞼にキスをする。そのまま動かずに王子は椿に問いかけた。
「このほうが、よりボクを感じることが出来るだろ?」
王子が囁くたびに敏感な薄い皮膚を唇がくすぐり、それは椿の呼吸を自然と早くさせる。
「バッキー」
瞼から離れたその感触は、甘い無言の吐息と共に椿の唇と重なった。