お題5:デート
ばん様 【Queen's Kitty】 ※R-18
プールサイド・ロマンス
常日頃から頑張る飼い犬を連れて訪れたのは沖縄の高級リゾートホテル、ジーノがバカンスをするために選ぶ中のひとつ。沖縄本島に位置する小高い森に建てられたそこはゴルフ場と東シナ海を臨む、ロケーションは完璧、24時間対応のサービスとも相俟ってジーノが気に入る場所のひとつだ。
サッカー選手とはいえ、マスコミの目もある。テレビを見ているファンと会う事も考えれば、高いプライベート性を売りにしているところでなければ、羽を伸ばせない。ましてやジーノの外見はこの国では少し目立ちすぎた、女の子に声をかけるには便利だが、こういったプライベートでは少々面倒だったりする。
森から西の海に向かって開かれた屋外プール、沖縄の海と同じ綺麗な色をしたプールサイドに併設されたベンチに腰をかけ、ゆったり寛いだジーノは日に焼けないよう開かれたパラソルの下、例の如く椿を顎で使い、飲み物を持って来るよう頼んでから帰って来ない愛犬を眺めている。
すらりと伸びた脚、例えるならカモシカや鹿を彷彿とさせるのがほとんどだろう。しかし、それは相手が女性であれば違いないがジーノの愛犬は男であったし、太腿から膝の周り、ふっくらとしていて張りのあるふくらはぎについた筋肉をみれば一目瞭然で、彼がスポーツを嗜んでいるのがわかる。
抜群のスタミナと代表選手すら追い抜く瞬発力を兼ね備えた二本の脚、自信の無い彼とは裏腹でピッチの上ではボールへと瞬時に食らいつき、肉食獣を思わせるしなやかさで魅了する。無駄のない筋肉はやはりつき方も天性のもので人とは違うのだろうか。
細い足首を辿って降りるアキレス腱はキュッと締まっていて綺麗な窪みが出来ている、世の女性が憧れ、多くの男性達がフェチズムを覚えるであろう谷間がしっかり刻まれたかかとはハイヒールを履かせたらさぞ映えたかもしれないが彼にはスパイクが似合いだ。
腱へ沿って描かれたふたつの稜線が締まりにも直結しているという想像をかきたてるのは、美しさ故かもしれない。
夜にはバーに姿を変えるラウンジのカウンター前、フルーツが盛りつけられたフレッシュジュースを注文したまではよかったがその途中で2、3人の女の子たちに声をかけられ足留めされていた。彼女達もまたこのホテルに泊まる客なのだろう、本人は自覚がないだろうがジーノの飼い犬は地味で童顔ではあるが見目もいい。
「バッキーのあの様子じゃ、自分がナンパされてるなんてちっとも思っていないんだろうなぁ」
事実、声をかけられた椿と言えば、遠目からみても戸惑っているのが目に見えていっぱいいっぱいといった風だ。やれやれとベンチから立ち上がるとゆったりとした足取りで女の子たちに囲まれている椿の傍へと近づいて行く、彼女達の機嫌を損なわないよう飛びきりの笑顔でさりげなく椿を庇い、割って入る。
「やぁ、こんにちは綺麗なお嬢さんたち。お話してるところゴメンね。さっき、ボクの後輩に飲み物をお願いしたんだけど、なかなか帰って来なくて迎えに来てみたら、どうやらお邪魔しちゃったかな?」
「い、いえ、そんなことないです! あの、ひょっとして芸能人の方か、モデルの方なんですか?」
ジーノが現れたからか、彼女達は椿からジーノへと話題を移したようだった。質問攻めにあっていた椿はホッと胸を撫で下ろし安堵の息を吐く。それを背中で感じながら、表情には出さず内心だけで苦笑し女の子たちの相手を続ける。どの子たちもなかなかにレベルが高い、いつもなら誘ったが今回は会話を楽しむだけだ。
さっきから後ろにいる愛犬が少しだけ面白く無さそうな顔でこちらを伺う、そのむくれた顔が可愛らしくて上目がちにこちらをみる彼を構ってしまいたくてたまらないのだから。
「す、すみません……最初、道を聞かれたので答えたんですけど、あの人達、なかなか離してくれなくて」
「そりゃそうだろうさ、だってあのコたちバッキーを誘ってたんだもの。気づいてる? ナンパされてたんだよ」
「ふ、え? ぎゃ、逆ナンっすか?!」
「お、俺てっきり、王子のこと知ってる人たちなのかなーと思って……」
やれやれ、やっぱりというかジーノが予想していた通り、色事に疎い飼い犬は自分がまさか声をかけられ誘われていたことにも気づかず、指摘されてからようやく目を白黒とさせている。そういう擦れてないところも可愛らしくはあるのだけれど、今回ばかりはほんの少しだけ、その無防備さが憎らしく思えた。
しかし、椿は自分がナンパされたという事実よりもフェミニストで如何なる時でも女の子を第一に行動しているジーノが今回ばかりは喜んで受け入れるはずの女の子からの誘いを断る、そんな珍しい王子の姿に椿は思わず疑問を投げかける。
「王子、どうして女の子の誘い断ったんですか? いつもなら笑顔で答えるのに」
「――今は、バッキーが優先だからね」
ごく自然に口にしたせいか、言葉の意味が飲み込めない椿がきょとんとする。それから瞬時に顔を真っ赤にさせた、そんな椿の初心な様子に満足してウインクひとつを投げかけ、彼の代わりにカウンターへ声をかける。出されたフレッシュジュースを持ち、プールサイドへと戻っていく。
グラスに盛られたチェリーが隣で頬を染めている飼い犬みたいで指で掴んで口に含む、柔らかい果肉の感触がして、ひどく甘酸っぱい。見上げた空はどこまでも青く澄んでいて、熱帯気候らしい湿度をもたらしながらもどこか清涼とした空気がそこにあった。
夜の帳が降りつつある空は青と茜色のグラデーションがそっと溶け込み、星たちがきらきらと輝いている。
プールサイドからホテル内のレストランへ移動し、地元の沖縄の食材をふんだんに使った夕食に舌鼓を打つ。出てくる食事が美味しいのか、椿は終始にこにこと笑顔で給仕が運ぶ料理を綺麗に平らげていく。驚いたり、みたこともない食材をみて、不思議そうに首を傾げたりと忙しないが彼なりに楽しんでいるのが伺えた。
ジーノの知る椿の表情の多くは緊張しているか、怯えているかのどちらかでこんな風にリラックスした、自然体な飼い犬の姿はとても新鮮に映る。ベッドを共にし、恋人同士として関係を持っても気弱で臆病な彼はどこか遠慮してしまう。心を許していないわけではないのも知っているが、どこか寂しくも思う。
クラブハウスのある浅草でもなく、ジーノのマンションの部屋でもない、遠い地でなら誰の目も気にせず、本来の素顔が覗けるのではないか。そんなジーノのささやかな企みはどうやら成功したらしい、伸び伸びとして年相応の幼さも垣間見える椿との食事の時間は緩やかに過ぎていった。
夜に暮れ、ぽつりぽつりとベンチが灯る、ライトアップされたプールは水の波紋で揺らめく。プールサイドに併設されたラウンジは日中ならが人々が行き交い、賑やかなのと打って変わって静かだ。僅かに聞こえる声はカップルや大人達が中心で、色とりどりのカクテルがカウンターに並ぶ。
その中でジーノと椿も頼んだキウイやマンゴーといったフルーツをつまみながらのんびり過ごしていた。オフとはいえ、体が資本の仕事をしているせいか、油分や脂肪分を多く含んだチップスやサラミといったものは酒の席でも食べることはない。祝勝会や祝い事であれば別だが、プライベートでもそれは変わらない。
ジーノは赤ワインを、椿は甘口のカクテルを頼んでちびちびと口にしていた。琉球カクテルと名付けられたカクテルは沖縄のフルーツであるマンゴーやシークヮサーを使い、さっぱりと仕上がっていて彩りもカラフルだ。赤や黄色、それぞれのフルーツに合わせた綺麗な色合いで口当たりは甘い。
「それ、気に入った?」
「王子も飲んでみます? 美味しいですよ!」
ほんのりと酒に酔った飼い犬は上機嫌らしい、勧められるままカクテルを一口貰う。確かに美味しい、オリジナルカクテルとはいえ、厳選された食材が使われているだろうから外れはないと思うが酒を飲みなれない女性客も満足できる代物だ。「おいしいね」そう笑顔で言えば、満足げに椿はグラスを受け取る。
「今日は本当に楽しかったです、ナンパされたのには驚いちゃいましたけど……王子と来れてよかった」
「おやおや、まだ来たばかりなのにもうそんな事を言うのかい?」
本当ならば、こんな可愛らしくて健気なことを言う彼を抱きしめてキスのひとつでもしてあげたいところだけど、周りには自分達以外にも客がいて店員もいる。部屋に戻るまでは我慢を決めて、代わりに彼の頭をくしゃくしゃと撫でただけ。
「だって王子ってば、いきなり『そうだ、沖縄へいこう』なんてポスターみたいなノリで言い出して俺を連れ出すんですもん。監督とかザキさんとか俺を連れてくって聞いて、絶対パシりにする気だって言ってましたし」
「あぁでも言わないとバッキーを連れていけないでしょ? それに、ただ荷物持ちをさせる気なんてないからね」
「そ、それってその……っ?!」
「あ、今ひょっとしてやらしいこと考えた?」
「――お、王子?! ひどいです!!」
笑いながら焦り出す椿を眺める、自分ひとりの言葉に振り回されて慌てる彼が愛おしくて離したくない。チームメイトの誰ひとりにだって、付き合っているジーノを理解してくれる女の子たちにだってこんな風には思わなかっただろう。そのぐらいジーノは椿を愛し始めている。しょげる椿の肩を抱いて明日はどう過ごそうかなんて計画を立てながら、沖縄の夜は更けていく。
◇ ◇
南下すればする程、夜が明ける時間は遅い。ホテル最上階のペントハウススイートは壮大な東シナ海を独り占めできると銘打っているだけあって景色は素晴らしく、見晴らしもよい。シンプルで派手すぎない家具やインテリアもジーノの好みだ。お気に入りのクッションに身を預けソファに座り、風景よりも目の前の愛犬を眺める。
鼻歌混じりにエプロンをつけ、姿だけならば料理をしているのかと思わせるが実際は小皿に食べ物をわけているだけ。前日の忙しさはどこへいったのか、午前中はふたりですっかり寝過ごしてしまって朝食の時間はとうに過ぎてしまった。急ぎホテルのルームサービスを頼んだのが10分ほど前。
王子らしいマイペースさで「とって」と試しにエプロンも渡してみたのがついさっき、寝間着にしていた短めのパンツからチラチラみえる太腿と後ろ足のラインはいつみても素晴らしい。ジーノが気に入る椿の体の一部だ。料理を持った椿がジーノの前のテーブルへ皿を置く、ナイフとフォーク、箸を並べていく。
少し屈むと実にいいアングルでシャツの隙間からみえる鎖骨や肌が初々しい、耳の形やうなじもなかなかに悪くないなどと考えてじろじろとみていたせいか、少しだけ気恥ずかしそうに睨まれた。
「王子、視線がやらしいです……」
うん、こればっかりは悪いんだけども、ボクも男だから仕方が無い。ジーノは苦笑して肩を竦めてみせ、呆れた顔をした愛犬が座るのを待って遅い朝食をとった。食欲がみたされた後は互いに読書したり、椿は撮り貯めていたサッカーのDVDをみている。画面に映る選手達のプレーをみているうち、サッカーが大好きな飼い犬はうずうずと落ち着きが無い様子で早速サッカーがしたくなったらしい。
毎日行う練習だけでは足りず、試合前でも夜遅くまで居残りボールを蹴っているだけあるせいか、もう我慢が出来なくなったみたいだ。窓の外、天気はいい、外で読書するのも悪くないかもしれない。
「バッキー」
名前を呼び、彼を連れ外へと連れ出した。
ガーデンと名付けられた広大な面積を誇る広い草原は、南国らしい果樹や花々を愛でながら散策するにはうってつけで、ところどころに東屋や置かれ、パラソルと椅子には家族連れやカップルといった人々がそれぞれの時間を過ごしている。ボールを蹴っても大丈夫そうなポイントをみつけ、ジーノはお気に入りのクッションを椅子に、テーブルの上にはさっきまで部屋で読んでいた本を置いた。
サッカーボールを手にした椿は、ジーノが椅子に座り、読書し始めるのを待ってひとり広い芝でリフティングを始める。最初は足で次は背、胸で受け止めたり、頭でボールを回したり、飽きもせず繰り返している。せめて、ゴールポストがあればシュートを打てるのだろうがリゾートホテルにそこまで求めるのは無粋だ。
「あははっ!」
都心とはちがう、湿度を含むがどこか清涼な風がジーノの頬をなぞっていく。聞こえるのはボールを蹴る音と無邪気にはしゃぐ愛犬の明るい声、聞いているこちらが黙っていられなくなるのはフットボーラーの性だろうか。息を吐いて本をもう一度閉じるとタイミングよく転がってきたボールを蹴ってパスする。
慌てながらも持ち前の俊足であっという間に追いついた彼はジーノへ向けてボールを返した。本当に楽しそうに走ってくれる子だと感心する、初めて会った時で組んだ時も同じことを思ったが厳しい勝負の世界で経験を重ねても尚、ボールを追いかける椿の表情は眩しいほどだ。
王子、遠くから呼ぶ声が聞こえる。可愛くてしかたなくて大事にしてしまいたいのに、どこかで酷く抱き竦めて意地悪く閉じ込めてしまいたい。二律相反する感情を掻き立てるジーノの飼い犬は、待ちきれないといった表情でわくわくしながら主からのパスを待っていた。彼へむかってまっすぐと蹴られたボールは椿の足元で受け止められ、また戻ってくる。
「バッキー、こっちこっち」
「ハイ! 王子っ!」
言葉よりも饒舌に繋がるパスは彼らの心のようで。
気づけば、周囲にはふたりのプレーをみていた観客達が集まり、人だかりになっていた。ざわざわと騒ぎながら「プロなのかな?」と声が興味津々にこちらをみる彼らの声が聞こえる。驚いて身を硬くしてしまう椿だったが小さな子供達から「おにいちゃん上手だね」と褒められると満更でもないらしく、ありがとうとはにかんでみせた。王子といえば女性に囲まれ、嬉々として声援に答えながら、こういうプライベートの仕方も悪くはないなと思っていた。
椿はジーノが思っていたよりもずっとたくさんの表情をみせてくれた。そのどれもが優しく心をくすぐってやまない、もちろんベッドで抱き合ってジーノだけに夢中になる彼もまた大好きだけれど、それはもう少し先の夜までとっておくことにしようか。
ふたりだけのバカンスはまだ始まったばかりなのだから――。